分かり合う時代をめざして

人生は分かり合えない経験を、どう思い感じたのかで決まる【疎通のメカニズム1】

waku

分かり合えない経験は苦しいよね

Kuru

人生は分かり合えない経験で決まるのよ

目次

人は分かり合えないと傷ついてしまう

人はなぜか、分かり合えない事象に傷ついてしまいます。 それも人生に大きな影響を与えるほど、深く傷つきます。

心理学では人の悩みの9割は人間関係だといわれていますが、その正体は、分かり合えない悩みです。

時には、人の人生を大きく揺り動かしてしまう悩みですが、不思議と根本的な解決法がなく、対処法ばかりです。
ひょっとしたら、人類歴史の中で一度も、分かり合えない悩みを解決した時代はないのかもしれません。

人は分かり合えないことでずっと傷つき苦しんできました。 その繰り返しにピリオドを打とうとするのが、疎通の課題を解決するプロジェクトです。
今回は、分かり合えない経験と苦しみの関係を掘り下げたいと思います。

人生は分かり合えない経験で決まる

どんな人生を歩むのかは、分かり合えない経験とそれをどう思い感じたのかといった解析(思考、感情、イメージ)で決まります。

幼児期の分かり合えない経験

人生で初めて、分かり合えない事象を顕著に経験するのがイヤイヤ期です。

自分でしたい→できない→自分でしたい→考え方もわからない→自分でしたい→もうイヤだ→もうイヤだ→無限ループ→力尽きて寝る→初めに戻る

同じ時期に頻繁に同じ質問が繰り返されます。それが、これなに期です。

「ねぇお母さん、これ何?」

これらの経験で自分と自分以外との距離感を覚えます。これが自我です。

成長期の分かり合えない経験

小学生、思春期、さらに成長するにつれ、分かり合えない経験に対する解析が深くなっていきます。
はじめは、単に「イヤだ」と思っていた感情が徐々に「どう思われるのか」へと移行し、「自己表現」「自己価値」といった感じ方へ変わっていきます。
解析の成長に合わせて、アイデンティティへの刺激も変わります。
自我が育った後は自尊心へ、その後は尊厳を自覚し意識するようになります。

人は分かり合えない経験を通して、徐々に「他者がいる環境(社会)の中の自分」を「自分をどう思うのか」というアイデンティティと同一化させ、自分を形成していきます。

アイデンティティの決定

アイデンティティの形成時には、相対比較によって何かが足りない自分を自覚することになり、それをどう思い込むのかで自分とは何者なのかが決定されます。
この自分が人生をつくり出していくのです。

・自信が無い私がつくる私の人生
・不安を何かで補いたい私がつくる私の人生
・意志決定に恐怖を感じる私がつくる私の人生
・決め付けられることを避けたい私がつくる私の人生
・責任を負いたくない私がつくる私の人生
・新しいチャレンジが出来ない私がつくる私の人生
・どう思われるのかが気になる私がつくる私の人生
・受動的な解析から自由になれない私がつくる私の人生

waku

分かり合えない経験は私の人生そのものだわ

分かり合えない終着点

分かり合えない経験に対する、思いや感情(解析)はどこへ向かうのでしょうか。

分かり合えない経験は、「自分とは何者なのか」を強く感じさせます。

分かり合えたら自分は肯定され認められ、受け入れられたと解析が走ります。一方、分かり合えないと自分という存在が否定され、孤独や寂しさを感じる解析が走ります。 その終着点は自己の否定です。

なぜ自分を否定してしまうのか

思った通りにならないことが続くと、脳ではまるでプログラミングされたかのように自動的に自他を否定します。

始めは他者や組織、時代や現象を否定し、自分自身の否定へと向かいます。

「他者がいる環境(社会)の中の自分」と「自己否定」が重なり過ぎてしまうと、自己否定のアイデンティティが定着し、事ある毎に自己否定を前提とした解析が走ります。

この自他を否定するという解析は、実は自分の尊厳を守ろうとする意志がさせるものです。

否定する解析は安定している

否定する解析とは、「不完全を見つけてそれを不完全だと決めつける」こと指します。

不完全を見つけては不完全だと否定するのは、誰もが簡単に手にすることのできる、最も安定した解析です。

実際に自己否定している人に、「ここは問題ないよね」とフォローしても、「でもまだ不完全なところがあるから」と否定的な解析はなかなか止まりません。必ず不完全を探し出そうとします。これは脳が勝手に行っていることです。

脳は不安定な自分を補うために、安定していて確信に近い何かを取り入れようとします。 そうすれば自分の不安定さが改善し、自分の尊厳を守ることが可能になるからです。

皮肉なことですが、不安定な自分を補うために最も安定した解析が、「不完全を見つけては不完全だと決めつける解析」なのです。これを不完全性主義と呼んでいます。

自分の尊厳を守るために、最も安定した解析である「不完全を見つけては不完全だと決めつける解析」を繰り返し、結果的に自己否定を行ってしまうのです。

ここで本当に重要なのは、その時に感じている苦しみです。

自己否定を苦しいと感じることこそ次の扉

ここまでの話は、分かり合えない経験によって、自分を否定してしまう解析が繰り返され、人生の方向性を大きく決めつけてしまうという話でした。

これは分かり合えないという事象が苦しいのではなく、その経験を通して自己否定をしてしまうことが苦しい原因であることを示しています。

そして、この苦しいと感じることこそ、本当の自分の人生を歩む扉でもあります。

分かり合えない苦しみとは何か

自分の不安定さを補うために、「不完全を見つけては不完全だと決めつける解析」を行うという話をしました。
本当に補っているのであれば苦しいと感じることはないはずです。 ではなぜ苦しいと感じるのでしょうか。
それは自分の心が納得していないからです。

解析をしているのは脳です。 自分が不安定であることやどのように補うのかなどはすべて脳が判断しています。

心とつながっていない脳が勝手に判断していることに、心が納得できていない。

これが分かり合えない時の苦しみの原因です。
心から解析を走らせ、この苦しみが消えたとき、自分が本当に歩みたい人生を歩んでいると言えます。
人によっては、心の声をマヒさせて、感じないようにする人もいますが、もちろんこれとは違います。

心とつながった解析を始める

不安定な自分を補うために、「不完全を見つけては不完全だと決めつける解析」を行ってしまう。そしてその解析に心が納得していないために、苦しみが生まれてしまう。
その苦しみは本当に歩みたい人生を歩む標になるということでした。

では心とつながった解析とは具体的にどんな解析でしょうか。その一例をご紹介します。

・心から現したい自分とはどんな自分なのか
・日常をどんな気持ちで溢れさせていきたいのか
・何かあれば必ずあるべき自分に戻り、必ずその自分から始める自分とはどんな自分なのか
・行き詰った時に何をストップさせ、何をスタートさせるのか
・私はどんな関係を常に構築しようとする存在なのか

心とつながっていない脳は、自己否定を繰り返す解析を行ってしまいます。 これを心とつながった解析に置き換えていけば、自己否定することはなくなります。

Kuru

すぐに答えられなくても大丈夫。大切なのは問いについて腰を据えてじっくりと取り組み、心とつながった解析の道を脳につくることです。

「心 vs 脳」の戦いにすべきこと

分かり合えない経験で感じる苦しみは「心 vs 脳」の戦いと表現することもできます。
苦しいという感情は、脳に対して受動的になっている心の涙です。
分かり合えずに感じる苦しみは、自分の心と脳が戦いの真っただ中にいることを示しています。

脳は勝手に否定の解析を走らせ、自己否定のアイデンティティを強く思い込ませます。
その時の苦しみは、脳が見せる世界が本当に生きるべき世界ではないという心の叫びです。
心が声を上げている時こそ、心の声とひとつになるべき瞬間です。
自分や自分以外を否定しようとする脳の解析ではなく、心から感じたい、心から思いたい、心から現したい自分や世界はどんな景色をしているのかを問いながらじっくりと対話しましょう。

人生は分かり合えない経験をしたときに、それをどう思い感じるのかで決まります。
今までは脳の解析が走るがままの景色の中で生きてきました。
この記事によって、心から始める景色があることを知りました。

新しい景色を生み出す瞬間は、あなた自身にゆだねられています。

まとめ

・人生は分かり合えない経験をしたときに、どう思い感じるのかで決まる。
・ひとつは自己否定の人生
・自己否定の人生は苦しみが伴う
・苦しみは本来の自分の人生を歩む標
・もうひとつは心から自分と世界を表す人生
・じっくりと心とつながった解析と対話する

分かり合えない苦しみと対話するからこそ、分かり合えない苦しみに振り回されない自分になれます。
分かり合えない事象は誰もが経験することです。
ということは、誰かが突破できれば誰もが解決できる問題でもあります。
分かり合えない痛みも苦しみも、無駄ではなかったと感じられる日が必ず来ます。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

SHARE
URLをコピーする
URLをコピーしました!
目次
閉じる