流動的多様性思考って具体的にどうするの?
海とお魚の考え型があるわよ
時代や社会は多様性へと向かっていますが、制度や仕組みはまだ追いついていません。しかし最も遅れているのは、私たちの考えです。固有の何かが有ることを前提とした考え方をしている限り、本当の多様性を思考することは出来ません。思考のほとんどは脳の無意識の活動で起きています。この脳の仕組みにどのように対応することが出来るのかを深めていきます。
・多様性を阻むのは認識格差
・海とお魚の思考法
・誰でも時代の最先端になれる!
多様性を阻む認識格差
近年、多様性が社会的に注目されていることはご存知だと思います。
LGBTQをはじめとするジェンダーの問題は多くの関心を集めました。最近では、脳神経的差異に基づくニューロダイバーシティへの議論が始まっています。
ニューロダイバシティとは、ジェンダーや民族の他に、発達障害やADHDなどの精神疾患も含めた、脳の神経的差異による格差を是正しようとする動きです。
しかし、なぜ是正すべき格差が生まれてしまうのでしょうか。
それは、私たちの認識がカテゴリーやレッテルを前提とした思考回路につながってしまうからです。
例えば、日本は同一民族、同一文化、同一言語のライフスタイルが当たり前の国です。 アメリカやヨーロッパのように、多様な民族や文化、言語を日々接する機会がありません。
すると、他の民族や文化、言語を異質なものとして認識し、不安や違和感、不信感を感じてしまいます。この認識が継続すれば、嫌悪感や排他的な思いに発展してしまいます。
全ての人が、日本がある、文化があるという前提や、自分の持っている知識や経験を前提に考えています。
この何かがあるという前提の考えは、脳が勝手に決めつける認識活動が原因です。そのため、意識的に自分の思い込みをひとつずつ外すには限界があります。
脳の認識活動の勝手な決め付けに対応しない限り、根本的な解決にはなりません。
流動的多様性とは
流動的多様性の基本は相対関係
現実は相対世界と言われます。 相対関係に溢れた世界と言い換えることが出来ます。
相対関係とはどういうことでしょうか。
・春のワクワク感
・焼肉のワクワク感
ワクワク感のニュアンスの違いに気付けるでしょうか。
春のワクワク感は、これから新しい出会いに期待するワクワク感です。
焼肉のワクワク感は、お腹いっぱい焼肉を食べるぞ!というワクワク感です。
同じ「ワクワク感」という単語ですが、「春」の観点とつながるのか、「焼肉」の観点とつながるのかによって、表れる世界は相対的に変わります。これが相対関係の特徴です。
言葉に意味や世界観の固定はない
・初めての幼稚園に向かう春のワクワク感
・高校最後の春のワクワク感
・子どもと迎える初めての春のワクワク感
誰がどんなタイミングで感じるのかという観点の違いによっても、表れる世界は変化します。
このように、どんな観点と単語が関係づくのかによって、単語のニュアンスや世界の景色が多彩に変わるのが相対関係です。
この相対関係において、言葉に意味や世界観の固定はありません。しかし私たちは言葉には固定した意味や世界観があるという感覚を持っています。
ミクロからマクロ、異質な世界においても、分離なく断絶なく流動的に関係し合っている世界が、流動的多様性であり、是正すべき格差を根本から解決する認識です。
分断から始めるのか、ひとつながりから始めるのか、感覚の違い
私の住む町には桜並木があり、春には満開の桜を毎年楽しむことが出来ます。
この満開の桜の景色だけを切り取って『春』と名前を付けてみます。 この場合『春』とは、「満開の桜の景色」を指すことになります。
しかし、季節は移り変わるものです。
春の桜は、つぼみが膨らみ始め、花が咲き、散ったあとに葉桜へと移り変わっています。 この場合の『春』とは、桜並木が季節と共に移り変わる期間を指すことになります。
切り取られ分断された『春』の意味や世界観を前提にすると、私たちの感覚は固定されてしまいます。
しかし、移り変わるひとつなぎの中から、ある時期に着目した瞬間に、『春』意味や世界観が生み出されることを前提にすると、意味や世界観は流動的に変化する感覚を持つことになります。
流動的多様性は、すでに固有の意味や世界観があるという分断から始める思考法ではなく、すべてがひとつなぎの中から、ある特徴に着目した瞬間に、意味や世界観が生まれるという感覚に基づいています。
海とお魚の思考法
では、流動的多様性をどのように思考すればいいのでしょうか。
それが「海とお魚」の思考法です。
この思考法は、nTech創始者のNohJesu氏によって開発されました。 疎通の課題を解決するONECYCLE7では、技術的な捕捉を付け加え活用しています。
海とお魚の思考法は、その関係に基づいく思考法です。 表記を「海>お魚」とします。
海とお魚の条件
海とお魚の思考法は技術です。 技術とは、条件をそろえれば誰でも再現可能であることを意味します。
海とお魚を使うには、条件に沿うことが必須となります。
海とお魚の条件とは、
・海が消えれば、お魚も消える
・お魚が消えても、海は残る
・その海からそのお魚が生まれる
海が消えればお魚も消える
「光」を海、「色」をお魚とします。 この場合、「光」である海を消し暗闇にすると、「色」が見えなくなります。つまりお魚は消えます。
お魚が消えても、海は残る
お魚である「色」が消えたとしても、海である「光」が消えることはありません。
その海からそのお魚が生まれる
蛍光灯という海から生まれた色と、白熱灯という海から生まれた色では違いがあります。 海とお魚は切っても切り離せない関係です。
お魚を変える、海を変える 海とお魚の特徴
海とお魚を深める思考実験を行います。
海を変えると、まったく異質な世界をつくれます。お魚を変えると、世界観のバリエーションを増やすことが出来ます。
寂しさ>孤独
寂しさを感じると孤独だと思ってしまう
コーヒー>苦い
コーヒーをみると苦いものだなと思う
「寂しさを感じると孤独だと思うこと」と、「コーヒーをみると苦いものだと思うこと」は、まったく別の世界です。共通点もなく、関連性もありません。
このまったく違う海とお魚をサンプルに、①お魚を変えてみる、②海を変えてみるの実験をしてみます。
①お魚を変える
海は「寂しさ」、お魚を「苦い」に加えてみます。
寂しさ>苦い
「寂しさ」という海から、「苦い」が生まれることを指しています。 この場合どんなストーリーになるでしょうか。
寂しさ>苦い
寂しさの中にある、じんわりとにじみ出る涙や哀しさを苦いと表現している。
コーヒーの苦いとは全く違う、寂しさのニュアンスを持った苦さ、となりました。
これは、海のニュアンスを持った世界が広がったことを示しています。
ポイントとなるのは、お魚は海のニュアンスに染まるということです。
②海を変える
お魚は同じ「苦い」、海を「寂しさ」と「コーヒー」の場合を比べてみます。
コーヒー>苦い
寂しさ>苦い
海がコーヒーの場合は味覚の苦いですが、海が寂しさの場合は感情の苦いとなります。
これは、海が変わると、世界が全く異なることを示しています。
関係づける 海とお魚の使い方
使い方はシンプルなフレームワークです。
海とお魚に言葉を当てはめ、条件に基づいてストーリーを構築するだけです。 海のお魚の条件に基づくことが必須になります。
条件に基づけば、展開させることも可能です。
海A>お魚1
海A>お魚1>お魚2
お魚を追加することが出来ます。
海A>お魚1
海B>海A>お魚1
海を追加する事も出来ます。
0=∞=1との関係
海B>海A>お魚1>お魚2
お魚は、お魚3,4,5と無限に展開できますが、海は限りがあります。
海の海、そのまた海と続いた先に、もうこれ以上の海は無い領域が、0=∞=1です。
0=∞=1は、それ以降の全ての海とお魚の素材であり、源泉です。
つまり、流動的多様性も、その脈絡を辿ると始まりの1点からすべてが立ち上がったと表現することが出来ます。あらゆる多様性もこの0=∞=1の1点においては、すべて一致することが出来ます。
海とお魚のメリット
海とお魚を使うメリットをご紹介します。
あらゆる解析の構造化
言語によってあらわされる意味や世界観は、単語によって決まるのではなく、脈絡によって決まります。
しかし、脳の認識構造は、脈絡の部分を切り取って決めつけてしまうため、理解することも簡単ではありません。
海とお魚を使うことで、関係を前提として理解することが出来、脈絡を整理しやすくなります。
それによって、何を伝えようとしているのかの意味や世界観を、共有される言語以上に理解することが出来ます。
同時にシンプルに構造化できるため、整理しやすく、共有もしやすい特徴があります。
経験に依存しない
相手の話を理解するには、自分の過去のデータバンクに依存してしまいます。
経験した世界については理解できますが、未経験の世界については理解が出来ません。また、理解するプロセスで、必ず自分の思い込みや先入観の影響を受けてしまいます。
海とお魚で整理することで、専門的な言葉の意味は分からなくても、伝えようとする全体像を整理することが出来ます。
まったく初めて聞くジャンルでも、議論できるほどの理解が可能です。
未知な発想が可能
海とお魚に言葉を当てはめ、条件に基づいてストーリーをつくるので、発想したことのない世界を、いくらでも生み出すことが出来ます。
神>言葉
聖書で有名な一説ですね。神がいなかったら言語も生まれていなかった。しかし、言語か消えたからといって神が消えるとは限らない。
言葉>神
言葉によって神が描かれ、神という感覚が生まれる。言葉が無ければ神を知ることは出来ない。しかし、神が消えたとしても言葉が消えることは無い。
哲学的な議論が出来そうです。
人>車を動かす
人が車を運転する。人がいなくなれば車は動かない。車が動かなくても人はいる。
車が動く>人
車が人を運ぶ。車がいなくなれば人は運べない。人がいなくても車が動く。
完全自動運転の車が思い浮かびます。
身の回りの事象を海とお魚に当てはめ、それをひっくり返してストーリーを描くだけで、これまで想像もしたことも無いような発想を生み出せます。
内観
内面深く理解すればするほど、感覚的になり、抽象度が高くなります。
例えば、寂しさを感じたから孤独になっているのか、孤独を感じているから寂しさが広がっているのかの違いを、言葉だけで観察するのは限界があります。
海とお魚の条件に基づいたストーリーを比較することで、自分の内面に何が起きているのかを理解しやすくなります。
寂しさ>孤独
寂しい心の動きから孤独が生まれた。この孤独には寂しさが溢れている。 寂しいという感情がなくなれば、孤独さも消える。孤独さが消えても寂しい感情は残る。
孤独>寂しさ
孤独なんだと認識したから寂しさを感じるようになった。寂しいという感情よりも孤独なんだという認識の方が強い。 孤独という認識が消えれば寂しさが消える。しかし、寂しい感情が消えても孤独という認識は消えない。
海とお魚で整理することで、抽象度の高い情景も共有可能なレベルまで、明らかにすることが出来ます。
解析のシュミレーション
海とお魚の入れ替えた場合どんなストーリーが描けるのかや、お魚を変えた場合どんな世界観を広げることが出来るのかなど、多彩なシュミレーションを想像性に刺激しながら展開することが出来ます。
考え方や感情などの内面を構造的に明記することが出来ます。
本人が言語化できない感覚を、他者が言語で表現することの助けにもなります。
コミュニケーション
コミュニケーションにおいて、一番多い課題は、自分の知っている情報に基づくことで起きる、勝手な理解や思い込みです。
海とお魚を使えば、相手がどんな脈絡で話をしているのかを、整理しながら確信することが出来ます。
また脳が最も理解しやすいのは、海とお魚をシンプルに語ることです。
A>B>C
AがBになった。だからCをすることになった。
海とお魚で整理した内容を伝えると、驚くほど簡潔に伝わります。
誰もが時代の最先端になれる面白さ
流動的多様性思考、海とお魚を使うことで、自分の経験に依存しない考える力を育てることが出来ます。
今の時代は、既存の情報知識ではなく、まったく新しい概念や体系的知恵を求めるようになりました。
これは自ら発見した気付きを、海とお魚で体系化し共有することで、誰もが時代の最先端となる新しい知識を生み出せることを示しています。
特に日本は、あらゆる面で先細りの危機を迎えています。 この危機を打開するのは、まったく新しい発想力を備えた思考力です。
世界を動かそうと思ったら、まず自分自身を動かしなさい。ソクラテス
まとめ
海とお魚を身に付けるだけで、考える力、観察する力は格段に向上します。
考える力や観察する力の向上は、幸せや自己肯定感、自信や意志決定力へとつながる力です。
ONECYCLE7でお伝えするコンテンツでも、まず海とお魚で考えられるように案内しています。
多くの人が、考えた結果の世界に生き、結果を前提に判断しています。
あらゆる前提を変えるだけではなく、自らデザイン編集することを可能とするのが、海とお魚です。